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2008/08/14

スポーツも建築だ?

初めましてスタッフの溝端です。
「みんなもブログでなんか書けばいいじゃん!」という佐藤の思いつきにより、
お知らせをかねて「にちじょう」を綴らせていただきます。

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先月、ああでもないこうでもないと格闘(もちろんデザインの部分で)しておりました 『スポーツも建築だ! X-KnowledgeHOME 特別編集 No.11』が発売になりました。
見どころは鳥の巣、水立方は当然のこと、石塚元太良さんが3週間かけて巡ってきたヨーロッパのスポーツ建築特集。 

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話代わって、写真は江戸川橋付近、立ち食い蕎麦屋さんの店先。
「冷ン」とは何でしょうか? 「冷麺」のような気もするのですが、
「メ」を省いた店主の真意とは? 「麺」ではない、ということでしょうか?
「パスタ」における「ペンネ」みたいな、麺であって麺でないような、
そういったものでしょうか? 
気になって夜も眠れず、その結果寝坊して遅刻しました。(脚色アリ)[溝]

2008/08/09

地下活動

ASYLの地下スペース(BSMT)を利用したDance and Media Japanの連続ワークショップが終了。仕事場なのに、(仕事と直接には)関係のない人たちが出入りし、関係のない音や像が飛び交っている状態は、それだけでちょっと豊かな感じがします。

そういうことはお金に余裕が出来てから考え始めるっていうんじゃダメで(だってそれだと追求するものの順序が違ってしまうから)、いやもちろん生きて行くのにお金はついてまわるものなんだけど、お金に余裕があってもなくても、変わらず考えたりやったりしていることにこそ、豊かさっていうものは宿るんじゃないかと。

ってそんなアタリマエのこと書いて「それで?」って話ですね。もっといろんなことを試せる空間にしていきたいです。 [SATO]

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2008/08/06

近所で祝う、の日

(内輪の話ですがー! と前置きしつつ)
明日は佐藤&スタッフ坂脇の誕生日(奇しくも同日)、ということで歩いて1分のともすけ食堂へ。
お野菜たっぷり、全部が全部、美味であります!

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偶然、東京R不動産の松尾さんが飲んでいたり、有山(達也)さんが降りて来たり(上の階に事務所を構えられています)、5年続けて来たCETの効果、か(!?)ここ馬喰町もちょっとずつにぎやかになってうれしい限りです。

プレゼントには、アボカドが好きでやまない(?)という二人のために、長年倉庫で眠っていたTシャツくんを出動させこっそり手作り。

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なんだか新しい惑星みたいな仕上がりになってしまいましたが、評判はかねがね上々ということで(勝手に)。

そんなこんなで、やっと長年の眠りから覚めたTシャツくんをもっと稼働させたい今日この頃なのでした。[に]

2008/07/31

そして今日も、対話を繰り返すのだ

はじめまして、スタッフの西です。
昨日の多摩美トークショー(佐藤卓さんの回)にスタッフ代表で潜り込んできましたので個人的な視点から綴ってみたいと思います。
 
私自身、生の卓さんのお声を聞くのは初めてだったのですが、結論から言うといろいろいろいろ納得で、「いや〜スバラシイ!」の一言でした。

でも正直今回お話を聞くまでは、いつぞやの情熱大陸にて「そんなのはアイディアじゃない。」(ひー(笑))というようなことをスタッフの方に言い放っている姿が強烈に印象に残っていて、勝手なイメージを自分の中に作ってしまっていました。

今考えてみれば、「もうやれない、というところまで十分考え抜いたのか? とことんやりつくしてたどりついた答えなのか?」という意味での、厳しい言葉だったのだと思います。
(でもその場面しか放送されなかったら勘違いしちゃいますよー、と言い訳......すみません。これって逆の意味での文脈のズレ現象かも、と一人納得......。)

トークはというと、最初はどんな歴史的(?)W佐藤対決(!?)が見れるのだろう、と野次馬根性もありつつ聞いていたのですが、YOUとかMEとかテクノカットとか文様を信号待ちの車の中でも夢中になって写してたとか、人間臭い部分がなんだかいろいろ見えてくるにつれ、もしかしてこっち側の人? と思うようになり......(こっち側ってどっちでしょう?(笑))。

トーク後の、学生さんたちの質問コーナーもまた良かったです。
気を抜いているときっとみんなが陥ってしまうであろう問題について(いわゆる表層的な部分のこととか流行がどーだとか)、がおもしろい具合にバランス良くぽんぽん挙がってました。詳しくは書きませんが、一つ一つ真摯に答えてゆく二人の姿に感動さえ覚えたり(ってすみません、半分は身内ですがー)。とにもかくにもなんだか心が洗われた感じです(浄化完了)。

佐藤が大事なところで卓さんの代表作である「(ピュア)モルト」のことを「モルツ、モルツ」と連呼していて、「そりゃビールでしょ!」と心の中で突っ込んだ、というのはさて置き(苦笑)、もっといろいろな人の生の言葉を浴びたいわ(いや、浴びなければ!)、と思った夜だったのでした。

(本日の格言) 
そして今日も、対話を繰り返すのだ。[に]

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文脈をズラす

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科(長い!)のオープンキャンパスの一環で、一日目が針谷建二郎、二日目が佐藤卓、というありえないゲストスピーカーの組み合わせのトークショーがありました。

多摩美術大学造形表現学部(長い!)は上野毛にある夜間の学部で、僕が通っているデザイン学科のデジタル・コミュニケーション・コースでは西村佳哲センセーや東泉一郎センセーや千原航センセーといった、個人的にリスペクトしている友人も教えています。みんな「本当はセンセーとか呼ばれたくないよねー」という感じで「デジタル・コミュニケーションって何だろーねー。よくわかんないよねー。名前変えたほうがいいよねー。でもどう変えたらいいんだろーねー」などという話をよくしています。そんな場所です。

で、今回の両トークですが、行きがかり上、僕がホスト役で進行することになり、今までなかなか聞けなかった話を引き出せて面白かったです。いろんな先入観がかなり洗い落とされました。最初は「針谷建二郞のストリート性」と「佐藤卓のエリート性」みたいな対比も面白いかなーと思ってたんですが、それはつまらないという結論に事前の対話で気づいてやめました(というよりも結果的にそうはなりませんでした)。対立図式を仮想してしまうと結局のところパターン化の理解を脱することができなくなってしまいます。

人間は社会的な動物なので文脈で見たり見られたりしてしまうことは避けられないんですが、とにかく文脈をズラしてやりたいという出自のよくわからない欲望が、僕の中には常に強くあります。先入観抜きでそれぞれの足取りを追うことに専念した結果、針谷建二郎と佐藤卓の間に意外な共通性を感じる瞬間もありました。ものをつくるという行為の中に本来的に潜んでいるやっかいな狂気の手懐け方や他者に対する意識の持ち方などなど。舞台裏でもよりディープな話を聞き出せましたし、この両者が直接的に結びついてしまうような「場」というものも考え始めています。時間はかかるかもしれませんがお楽しみに。[SATO]

2008/07/16

デザインの根付き方

目と鼻の先にある「食堂と通販『ともすけ』」。食べ物がおいしく店の雰囲気もいいんですが、置いてあるフライヤー類が素晴らしい。デザインの根付き方ってこういうところに表れるんだなと素朴に思いました。[SATO]

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2008/07/15

装丁の難しさ

佐藤です。「しばらく頭冷やします」って書いてからまだ1週間しか経ってません。ところで「佐藤です。」という書き出しは初めてになります。これからは他のスタッフもここにいろいろ書くことになりました。これで心おきなく朗らかに偏った意見が書けるというものです。

と言いながら普通に仕事のことを書きますけど、内田樹さんの『こんな日本でよかったね─構造主義的日本論』(バジリコ)が発売直後ながら売り上げ好調の様子。最終的には「どシンプル」なデザインになりましたが、担当の中澤といっしょにかなりたくさんのアイデアカンプをつくってまして、編集者の安藤さんとああでもないこうでもないと論議もして辿り着いたものです。

苦労しただけに売れてくれるとやはり嬉しいもんですが、しかし装丁というのは本当に難しい。内田さんの本はいろいろ読ませていただいていて、それなりの思いもあるんですが、デザインにはそういう思いの「中心」を起点にしたほうがいい場合とそうじゃない場合があると僕は考えていて、この仕事は「後者」なんですね。

売れるようにすること(あるいは売れるはずのものを売れなくしないこと)はデザインにとって重要な「任務」です。しかしやはりそれだけじゃないわけで、商品の性質にもよりますけど、とくに本の場合は、傍らに置いておかれる時間のことを考えないと成立しません。で、読み手に対し求心的な強さを発揮したい場合は「前者」でいいんですが、この本はそうじゃないだろうと。ちょっと引いたところもあるくらいなほうが読者を広げられる本だろうと。

でもそうすると存在感が希薄になりがちなんですね。じじつ内田さんの本は「なんでもない」感じの装丁が多く、意図的であれそれはそれでもの足りない(と思いました)。やはりここはしっかりした存在感を持たせたい(だって初版部数からしてもバジリコとしてはかなりの勝負に出ているんだから!)。


とはいえあくまで「前者」の本ではない、つまりものすごく間口の広い話が展開されている、そこを狭めてしまってはいけない......そう考えて、かなりの試行錯誤をすることになるんですが、結局のところ最後は「これ以外ない」というほかなくなります。つまり最終的に口をつく言葉は「前者」と同じになってしまいます。というよりも、そう言い切れるようになるまでやるしかないわけです。


「そう言い切れるように」という気持ちは他のデザインも同じですが、実際には別の可能性も残しつつ様々な事情込みで最終決定がなされていることのほうが多いはずです。でも装丁は著者および編集者にデザイナーが関与するというかなりミニマムなチーム編成によるプロダクトなので、委ねられているものの質が他のデザインとちょっと違う気がするんです。ここには様々なデザインの分岐点を考えるための重要な秘密のようなものがあるように思えるんですが、そう簡単に言い切れることでもないので、続きはまたいずれ。[SATO]


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2008/07/08

A地点とB地点を横断線で結ぶ/主観Cと主観Dを差し替える

昨晩はNADiff a/p/a/r/tのオープニング。すんごい人が来ていてビックリしました。KATHY相変わらず面白いなぁ。間近で見れたのは何より(写真下から二番目)。地下がえらいことになってた。ここまでするやんちゃなコがいるんですね(写真一番下)。2FのArt Jam ContemporaryではCET07に参加してくれていた抜水摩耶さんの展示も。

さて先日「生身の人間として面白いことを求められているわけではないデザイナーは『つまんない』と思われてるくらいでちょうどいい」と書いたらとっても晴れ晴れとした気分になりました。自分の言葉に酔ってるんでしょうか。そういう面も大いにありそうですが、でも言葉にしてみてやっと認識できることって確かにあります。

それはともかく8ヶ月も何も書かずにほったらかしだったのにサイトをリニューアルしたとたんどうでもいいことを書き連ねてこれじゃまるでブログだ。ってブログなんだけど。困ったなー。しばらく頭冷やします(っていつか書いたフレーズな気がする)。

写真は蔵前~恵比寿。[SATO]
 
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