2000/08/04

佐藤直樹デザイン研究室主宰「デザイン原論」
番外編

生徒:センセー、いつのまにか来訪者がずいぶん増えてるみたいなんですけど。

先生:そりゃまずいな。

生徒:ここのところ「デザイン原論」とか称してタチの悪い与太話しかしてませんからね。

先生:してません(キッパリ)。

生徒:そう簡単に肯定されても困るんですけど。まじめにデザインの話をし直したらどうなんですか。

先生:だってオレ、デザイン嫌いだもん。

生徒:またそういうことを。いいかげん仕事来なくなりますよ。

先生:いやそれは困るなあ。かなり困る。あのね、あんまし言葉なんか信用してちゃダメよ。デザインは口先でするもんじゃないから。とくにモニター上の言葉なんか真に受けてちゃいけません。

生徒:それ、誰に向かって言ってんですか。

先生:これを読んでくださっている皆さんに。

生徒:今更そんなこと言ったってもう十分に性格破綻者だと思われてますよ。この間だって取材に来た人が言ってたじゃないですか。「いきなり殴りかかってくるかと思った」って。

先生:私は紳士なのでそんなことはしません。

生徒:……何を信じればいいんですかね。それだって「モニター上の言葉」でしかありませんが。

先生:非常に難しい問題ですな。

生徒:ようするにもっと客観的な情報を流せばいいんじゃないですか?ワケわかんないことばっかしゃべってないで。ここはもともとDIARYのコーナーなんだから、淡々と出来事だけを書けばいいんですよ。解釈は読む人に任せて。

先生:おお。素晴らしいご意見。じゃ、次回からそうしましょう。

生徒:なんか心配。それができる人間なら最初からそうしてると思うんだけど……。




2000/08/05

先生:さて、じゃ日記でも書きますか。

生徒:あのー、なんで日記なのに「先生─生徒」のダイアローグなんですか。

先生:なんでかな。

生徒:なんか腑に落ちないんですけど。

先生:日記たるもの単一人格としてアイデンティティを持って書けと、キミはこう言いたいわけだな。

生徒:ていうか、なんで「先生─生徒」なのよ。

先生:あ、不満なのね。平等を訴えたいのね。

生徒:そういうことじゃなくてさ。分裂症ぎみの多重人格者としてモノローグがつらいと言うならそれはそれでわからんでもないけどさ、だったら「A─B」でもなんでもいいわけでしょう。

先生:相変わらず理屈っぽいな、キミは。世の中が不平等にできてるからそれに則ってるまでだよ。

生徒:納得できません。

先生:すべての関係を平等にせよと。友達関係万歳と。人類皆兄弟と。われわれは地球市民だと。

生徒:そんなこと言ってないって。それより、これのどこが日記なんですか。

先生:日記、苦手なんだよねえ。

生徒:出来事を書きゃあいいんですよ。

先生:松浦弥太郎「本業失格」(BI PRESS)という本を買ってきて読んでます。

生徒:他には?

先生:いろいろ。

生徒:書けよ。

先生:……つらいなあ。E/Mブックス「ビクトル・エリセ」(エスクァイア マガジン ジャパン)と「ロシアでいま、映画はどうなっているのか?」(パンドラ)も読んでます。

生徒:それだけ?

先生:うわあ、拷問だなあ。

生徒:いいから。

先生:これじゃあ「先生─生徒」じゃなくって「取調官─犯罪者」じゃねえか。

生徒:いいから!

先生:は、はい。えーと「composite」の撮影がありました。NAKA、エーチャンを激写。エーチャン、瞬時に自らの世界をつくりだす。NAKA、負けじと誘導。じつにスリリング。撮影とは格闘と見たり。

生徒:いいじゃんいいじゃん。日記らしくなってきたよ。で、他には?

先生:渡辺保史さんから「アメリカの遠隔教育プログラム、インフォメーションデザインの現場」について話を聞く。様々なジャンルで先端的な仕事に取り組んでいる人たちとも交流でき、おおいに刺激を受ける。

生徒:ほお。充実してんじゃん。で、内容については?

先生:効率を重視してきた工業社会の「エデュケイション」からの脱皮とネットワーキングを背景にした個々人の「ラーニング」の拡大といった具体例は非常に興味深かった。日本ではITが叫ばれるも経済性重視・集団のコントロールといった発想が蔓延している。ここをどう変えていくかが課題。

生徒:ふむふむ。ま、今日はこんなところにしておいてやるか。他に何か言い残したことは?

先生:千葉すず、がんばれ。

生徒:はい。じゃまた明日。

先生:もう勘弁してください!




2000/08/06

取調官(元生徒):じゃ、今日の取り調べを始めるかな。

犯罪者(元先生):……オメエずいぶんと偉くなったもんだなあ。

取調官:バカやろう、 口の利き方に気をつけろ。センセーセンセーって煽てられていい気になってたテメエがいけねえんだぞ。

犯罪者:ちっ。

取調官:「ちっ」じゃねえだろう。で、今日は何やったんだ。

犯罪者:今日は……「effects」の表紙を……

取調官:なんだって? ハッキリ答えなさい、ハッキリ。

犯罪者:……「effects」の表紙のデザインをやってました。

取調官:一日中か。

犯罪者:いえ、昨晩から今朝にかけて、ENLIGHTENMENTから送られてきたイラストを使ってレイアウトの試作をしてから、いったん帰宅しまして……仮眠を取った後、昼間は家族と過ごし、夕方にはいっしょに盆踊りにも出かけて……夜また事務所に戻って、新しいタイポグラフィを試行錯誤してレイアウトの仕上げにかかりました。

取調官:家族ってもんがありながら……そんなふうにデザインに浸っていて恥ずかしくはないのか。

犯罪者:……。

取調官:なんとか言ったらどうなんだ。

犯罪者:あの……デザインってそんなにいけないことなんでしょうか。

取調官:どうも反省の色が見えないようだな。世界中の人間がオマエのように休日にまで夜中ごそごそ眠る間も惜しんでデザインしはじめたらどうなると思ってるんだ。

犯罪者:常識というものが欠けてきますし……生産活動も停滞して食うモノに困るようになると思います。

取調官:わかっていながらやめられないわけだ。

犯罪者:……すみません。

取調官:一からやり直してまっとうな人間になる気はないのか。

犯罪者:……自信ないです。

取調官:困るんだよ、そんなことじゃ。お天道様に顔向けできないだろう。これからどうするつもりなんだ。

犯罪者:……どうしたらいいんでしょう。

取調官:しょーがねえな。明日からも調査を続けるから。自分でよーく考えて。わきまえて行動するようにしなさい。

犯罪者:……はい。申し訳ございませんでした。




2000/08/07

犯罪者:(涙)

取調官:またなんかやったのか。

犯罪者:申し訳ありません!

取調官:いいから話してみろ。

犯罪者:また新しいデザインを……。

取調官:やっちまったのか。

犯罪者:……はい。つい出来心で。

取調官:出来心で済む問題じゃないだろう! 何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだ。

犯罪者:……うう(涙)。

取調官:泣いたってダメだぞ。自分の欲望のままに奇妙なものをつくり散らかして。そんなものを目にするほうの身になって考えたことがあるのか。

犯罪者:(涙)……ダメなんです。わかっちゃいるのに、いつも気がついたときには もう……やっちまってるんです。

取調官:ところで、このメモは何なんだ。

犯罪者:デザイン・アイデアのための手帳の切れ端です。

取調官:「フカキョン⇔大橋仁」「米米クラブ・石井竜也⇔橋本龍太郎⇔太陽印刷の臼井さん⇔アラン・ドロン」「森首相⇔藤原紀香⇔桑田圭祐(8年前)⇔カズ(現在)」……なんだこりゃ。

犯罪者:いや自分でもなんだか。発作的に書いたものなんで。

取調官:フカキョンと大橋仁がどうしたんだ。

犯罪者:いや、なんか似てるかなあって。

取調官:似てねえよ! 全然違うじゃねえか。

犯罪者:そんなことないです。隠れた共通項があるんですよ。

取調官:大橋仁って、あの木村伊兵衛賞の最終選考に残った写真家のことだろ?

犯罪者:やけに詳しいですね!

取調官:いや、その、なんだ、業務上の必要からな……

犯罪者:もしかして写真とかデザインとかに興味があるんじゃないんですか?

取調官:失礼なことを言うな! そんなわけがないだろう(汗)。

犯罪者:ふっ。

取調官:いいかげんなことを言うもんじゃない。言葉を慎め。次だ次。「米米クラブ・石井竜也⇔橋本龍太郎⇔太陽印刷の臼井さん⇔アラン・ドロン」。よくはわからないがダンディの系譜ってところか? これはなんとなくわかるな。

犯罪者:橋本龍太郎とアラン・ドロンの間に共通項はほとんどありませんが、「太陽印刷の臼井さん」が間に入ることによって繋がるんです。連想とは不思議なものですよ。

取調官:ふーむ。「森首相⇔藤原紀香⇔桑田圭祐(8年前)⇔カズ(現在)」って、これはスゴイな、なんだか。

犯罪者:ようするにアイテムが顔面の中心に集まっている人たちです。

取調官:それはわからんでもないが……それにしても「桑田圭祐(8年前)⇔カズ(現在)」ってのは何なんだ。

犯罪者:いや、これがびっくりするくらい似てるんですよ。ほとんど瞬間的なものなんですがね。相似と時系列。これはちょっとした発見でした。イメージの固定とか更新とかっていうのはおもしれえ問題です。

取調官:オマエはこんなものをしたためながらデザインをやっているのか。

犯罪者:へへへ。どうも。

取調官:(ゾゾッ)次回からは精神鑑定にかける必要があるな。




2000/08/9

精神科医:やあ、こんにちわ。

犯罪者:どうも。

精神科医:デザインがやめられないそうだけど。

犯罪者:はあ。

精神科医:まともな人間に戻りたいという気持ちはあるのかな?

犯罪者:ていうか悪いことだとは思ってないんで。

精神科医:なんと!

犯罪者:センセーはなんで精神科医をやってるんですか?

精神科医:おもろいから。

犯罪者:(ガクッ)精神科医らしからぬ回答ですね。私もおもろいからデザインやってんですよ。

精神科医:でも理にかなわないことやっちゃダメ。

犯罪者:「理」って何ですか。

精神科医:「理」は理科の「理」。

犯罪者:うーん、そこまで割り切られるとつらいなあ。

精神科医:ところで今日は何をやったのかな?

犯罪者:打ち合わせが2本程あって……ひとつはグラフィックと映像をリンクさせていくためのグループワークのようなことに関してで、もうひとつはエディトリアルの企画で相談があって……あと、Uくんが写真見せに来てくれて、夜は新しい雑誌のレイアウト。ああ、そうそう夜中にコンビニで新聞やら雑誌やら買いこんで、ファミレスで食事しながら読んだんだけど、「STUDIO VOICE」に載ってた村上隆と中ザワヒデキの対談と、それから近田春夫が「文藝春秋」の「考えるヒット」に書いてたケンイシイと19の話がおもしろかったな。

精神科医:日記みたいだね。

犯罪者:日記なんだよ!

精神科医:狂人日記。

犯罪者:精神科医がそういうこと言うかなあ。じゃセンセーは何してたの?

精神科医:ラカンの「エクリ」を読み返してた。しかし、何言ってんだかさっぱりわからんね、このオヤジは。頭がおかしかったんじゃないのかな。

犯罪者:創造的な仕事にはつねにそういう部分が伴うものなんじゃないんですか。

精神科医:あ、オレそういう話ぜんぜんダメ。わかりにくい話は×。

犯罪者:そんなあ。

精神科医:調査書には「終始、意味不明のことを口走る」って書いとくから。

犯罪者:ていうことは釈放なんですね。精神鑑定の結果、責任能力を問えずってことで。

精神科医:そういうことだね。

犯罪者:ところでセンセー、なんでキチガイは人を殺しても無罪放免になるんですかね。

精神科医:わかりにくい話は×。




2000/08/12

やっぱ毎日日記つけんのはつらいわ。ってこんなん最初っから日記でもなんでもないですけど。入稿期間中なんかマジで寝る時間もないのに、仕事の合間に意味不明のことを書き綴って、さすがに何やってんだろうと思います、じっさいの話。こんなところに屁理屈ばっかり並べてたらマトモな人は仕事を依頼してこなくなるだろうし。しばらくお休みして頭冷やします。夏休みっちゅーことで。




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