2000/10/04

何気ないことでも、曖昧にしたままでいると積み重なって、長い人生を棒に振ることがある(仮説)。さて、この仮説に基づいて、これからは毎日教訓を見つけ、人生を充実させていこうと思う(しかし、この仮説が立証されることはないであろう。だって検証のしようがないもん)。

10月4日の教訓:
トイレは思い立ったらすぐ行け!




2000/10/05

10月5日の教訓:
自分の体臭を気にかけるための回路は存外複雑なものである。




2000/10/06

10月6日の教訓:
鏡に写っている顔は左右が逆だ。




2000/10/13

10月7〜13日の教訓:
無邪気さが許されるのは子供と天才とキチガイだけ。
見返りを期待して生きている大人の無邪気はたんなる犯罪。




2000/10/15

広告やパッケージ、エディトリアルといった大量生産型の媒体形式に依拠したグラフィックデザインが、誰の目にも古くさく欺瞞に満ちたものとして見えてきたのは21世紀に入ってからであったという。文献によると、20世紀の後半にはすでにパーソナルな情報端末を大半の人間が所有するに至っている。が、そうした情報フローの変化によってデザインの評価軸が別のフェイズに移っているということを多くの職業デザイナーたちは認めようとしなかった。高度経済成長期のリニアな発達概念、つまり近代化という夢から抜けられない旧世代だけではなく、その限界を目にしていたはずの世代も旧来の評価軸を手放そうとはしなかったのである。それだけが彼らの権威を保証するものだったからだ。しかし、21世紀の初頭には決定的な変化があらわれる。それまでのデザイン概念を崩壊させるような運動が世界同時多発的に起こってきたのである。




2000/10/16

では、21世紀の「決定的変化」に、予兆はなかったのだろうか。識字率が「ほぼ100%」から「100%」に至った背景には、むろん、統計上のトリックがある。読み書き行為のすべてをデジタル機器がナビゲートするようになったため、読み書き能力の判定自体が不必要になったということにすぎない。肉体的な訓練によって読み書きを習熟した世代の抵抗はあったものの、この移行は比較的スムーズだったようだ。「実質的な文盲化」を憂える人々も少数派だった。というのも、言説=知識の呪縛から解放された若い世代が猛烈な勢いでそれに代わる新しいリテラシーを獲得し始め、その能力により、すでに社会的な実権までをも握るに至っていたからだ。ここでいう「リテラシー」とは、むろん、20世紀後半に唱えられた「コンピュータ・リテラシー」などといったもののことではない。彼らは音楽の虚実、グラフィックの虚実の判断能力を飛躍させることにより、声や表情の真偽を読み解く術を身につけていったわけだが、われわれにとってはごく当たり前のこうした能力も、この時期にその基礎が生まれている。旧来の政治勢力が21世紀初頭に完全に駆逐されていったのも、つまりはこの「リテラシーの交代劇」によるものだったのだ。

「この時期(1910年代)に最も必要とされたのは、革命の理想とソヴェト新政府をいかに宣伝し、啓蒙するかだったのである。ロシアの人民の大部分は文字が読めず、直接見えるもの、聞こえるものによって伝えなければならなかった。ラジオはまだなかった。アギート(煽動)、プロパガンダ(宣伝)の芸術が求められた。」

ところで、車体のほぼ全面を広告媒体にした2000年前後の日本のバスは、革命の宣伝が描かれたロシアのアギート列車にそっくりである。この時期の日本人の大部分は文字が読めたが、書かれたメッセージをそのまま受け止めていたわけではない。識字率がほぼ100%に達した段階で実質的には文盲化していた。誰も予想しなかったことだが、人々はここに来て再び「直接見えるもの、聞こえるもの」にしか反応しなくなっていたのである。多くの商業デザイナーたちはかつてのイデオロギーを否定してはいたが、そうした自意識とは関係なく、あきらかに、また別のイデオロギー下における煽動と宣伝に熱中していたということになる。これが、21世紀の初頭にあらわれる「決定的変化」前夜の風景だ。




2000/10/17

では、21世紀の「決定的変化」に、予兆はなかったのだろうか。識字率が「ほぼ100%」から「100%」に至った背景には、むろん、統計上のトリックがある。読み書き行為のすべてをデジタル機器がナビゲートするようになったため、読み書き能力の判定自体が不必要になったということにすぎない。肉体的な訓練によって読み書きを習熟した世代の抵抗はあったものの、この移行は比較的スムーズだったようだ。「実質的な文盲化」を憂える人々も少数派だった。というのも、言説=知識の呪縛から解放された若い世代が猛烈な勢いでそれに代わる新しいリテラシーを獲得し始め、その能力により、すでに社会的な実権までをも握るに至っていたからだ。ここでいう「リテラシー」とは、むろん、20世紀後半に唱えられた「コンピュータ・リテラシー」などといったもののことではない。彼らは音楽の虚実、グラフィックの虚実の判断能力を飛躍させることにより、声や表情の真偽を読み解く術を身につけていったわけだが、われわれにとってはごく当たり前のこうした能力も、この時期にその基礎が生まれている。旧来の政治勢力が21世紀初頭に完全に駆逐されていったのも、つまりはこの「リテラシーの交代劇」によるものだったのだ。




2000/10/18

歴史家たちが「21世紀の決定的変化」と呼ぶ、感覚と認識の地殻変動。それが、視覚から起こったものか、聴覚から起こったものかは、いまだに論議のわかれるところである。網膜を経ず脳内に視覚情報を送ることに成功した時期と、鼓膜の振動によらず聴覚そのものを刺激することに成功した時期とがほぼ重なることはよく知られている。しかし、そのためのハードが普及するようになってから、脳内情報全般の交換が一般化するようになるまでには20年以上かかっている。法律で禁じられていたこともあるが、それよりもプリミティブな感覚の回帰願望が生まれ、感覚を人工的に操作することに多くの人々が抵抗を示し始めていたことのほうが大きい。そのハードルを越えさせたのが、いわゆる「アーカイブ派」と「肉体派」の一連のパフォーマンスだったことは、歴史の皮肉というべきだろう。何しろ、彼らは先頭にたって過去の芸術を擁護していたのだから。




2000/10/22

もちろん「アーカイブ派」と「肉体派」はその出自においてもスタンスにおいても異なってはいた。「音楽のジャンルは出尽くした」という認識を逆手にとり、過去の楽曲のサンプリングを極限まで推し進めることによって「オリジナリティ」という19〜20世紀固有の概念を無化することに成功した「アーカイブ派」。グラフィックのパターン分析から始まり、アプリケーションのプログラムにではなく、オペレートする側の神経回路の差異にその根拠を求めた「肉体派」。だが、他の表現ジャンルにまで多大な影響を及ぼしたという点で、両者は共通している。前者は「オリジナリティとは、推測慣性を遮断するトラップの加わった重層的なサンプリングである」とし、過去の楽曲を詳細に分析してみせた。また、後者は「表現スタイルの類似にもかかわらず、人の感覚を喚起するものとそうでないものがあるのは、行為の発生するプロセスが異なるせいである」とし、制作者の内的な情報伝達の差を露わにするレポートまで発表した。彼らはともに、自分たちが感化された偉大な芸術を、表面的な模倣によってではなく、それぞれの中核によってつかまえようとした。




2000/10/24

「未来史(?)」を書くのにちょっと疲れたんで、今日、ふと考えたことを書く。昔、街で抱擁するカップルを見てカンカンに怒っているオヤジを見たことがあった。でも、そのうち、電車の中でキスをする風景もたいして珍しくはなくなったし、最近では舌を絡ませていたりもする。べつにいいんだけど、でも、さすがに「本番」に及んでいるカップルに出くわすことは少ない。少ないっつーか、ない。深夜の公園などではやっているらしいが、真っ昼間から街中で、っていうのは考えづらい。なんでだろう。なんか中途半端なカンジがする。その線引はいったいどこにあるのだろうか。人前で舌を絡ませる行為というのは、文字通り「人目もはばからない」ものだし、「傍若無人(「傍らに人なきがごとし」の意。『史記』にある語)」な振る舞いなのだから、であれば、なぜそういう人々の欲望は全開に至らないのだろう。これは意外に深淵な問題のような気がする。

10月14〜24日の教訓:快楽にもいろいろある。




ARCHIVES