2002/10/03

学生時代、僕はデザインなんかぜんぜんやっていなくて、本ばかり読んでいた。と言っても、読むのがすごく遅いので、たいした数は読んでいない。その頃、影響を受けたというか、すごいなあと思っていた人たちというのは、物書きに限らず、音楽や映画、演劇なんかの世界でもだいたい30代だったんじゃないかと思う。でも、影響を受けたと言っても、自分が10年でそういう実績をつくれるとは到底思えず、我が身の無能さを感じていただけだったんだけど。あとは、すでに他界してある意味世代を越えちゃっている人とか、当時で50〜60代、今はもうおじいちゃんだったりおばあちゃんだったりするような人たち。そういう人たちにしても、20〜30代にはすでにいろんなことをやっている。ただ、そんな知識を得たところで影響どころの話ではなく、こっちはただただ呆れかえっていただけなんだが、まあでも、想像を超えている分、実生活の心配事なんかとは違うところで何かの救いにしていたりしたんだろう。ところが、40代というのが印象としてスッポリ抜けている。それで今ちょっと困っている。




2002/10/20

僕が小学校に入った頃には、まだ養護学校どころか特殊学級さえなかったので、ほんとうに、いろんなのがいた。いつも鼻を垂らして笑っていた山田くんは、たぶん授業内容などまったく理解していなかったと思うが、ただ、いた。山田くんのことをバカにするヤツももちろんいたけれど、めっぽう強そうな女の子がいつも彼を守っていた。

あと、その話とはぜんぜん関係ないんだが「大悪党くん」と呼ばれているのもいた。彼が何をやっていたのかは知らない。人相が悪かっただけのような気もする。でも、僕などはそれだけで十分びびっていた。

山田くん、大悪党くん、今どうしてるのかなあ。その女の子も。




2002/10/25

今日は渋谷の某商業施設のリニューアルオープンの日で、僕はとある事情から、昨日、ある設営に立ち会うことになった。

巨大な印刷物を巨大なパネルに貼る作業が必要だったからなんだが、当然、そのような作業には職人さんの手が必要になる。ところが段取り違いから、パネル貼りから設置までの作業とそのために必要な搬入搬出の手配ができていないことがその場でわかった。来ていた職人さんたちはあくまでプロの貼師として、デザイナーである僕がそこに呼んだ人たちだったんだが、親方は「じゃあ、俺らがやるよ」と言って、率先して余分な仕事をしてくれた。頭の下がる思いだった。

僕らはいつだってすぐに自分の権利ばかり主張して、ちょっとした落ち度を見つけては人を非難する。だからこの時も僕は、正直こちらにしわよせがきていることにムッとしていた。ところが、親方は不機嫌な表情など微塵も見せず、さっさと動きはじめた。若衆などもすぐに従って働いた。

茶発にピアスの若衆は、親方ゆずりの柔和さで事に対応していた。そして、プロとしての仕事の場面でちょっとしたミスを親方に指摘されては熱心に挽回していた。そんな凛とした空気の中でも、柔らかい時間が流れていた。厳しい指摘をする一方で、親方は他の業者にも気を遣いながらピリピリしがちな現場を和ませていたからだ。

こんなこともあった。なんだか偉そうな人間が揉み手で案内する人間とともに視察みたいなことで現れた。ただでさえタイトな仕事に余計な作業まで増えているというのに、こちらの行動を中断させてまで「このエレベーターはですね」なんてやってる。偉そうな人間は「ほほう」なんて言ってる。「おい、じゃまだからどけよ。見ればわかるだろう。こっちは忙しいんだ」という言葉がノド元まで出た。ところが親方はじっと待っている。僕は親方の顔を見て、短気を起こすのをやめた。

あとになって、もっと下っ端らしき人間が親方に駆け寄ってきて文句を言っていた。あいさつをしなかったとかなんとか。親方は穏やかな顔をして相手の言い分を聞いていた。僕は腹が煮えくりかえっていたが、親方がその後もすぐに率先して働くのを見て、なんだかもうほんとうに、自分の短絡な感情がとても低級なものに思えてきた。

結局、僕も彼らといっしょに重いボードを運んだ。父親ほども離れた大工さんたちとモッコを担いで砂利を運んでいた20代の頃のことを思い出していた。その頃の北海道は不況で仕事が少なく、腕を振るう機会もなく土方仕事に回される大工さんがいた。僕は土方のアルバイトをしていたのだが、愚痴一つ言わず黙々と働いていた大工さんたちの表情を忘れたことはない。

久々に荷物を運んだり、現場仕事を身近で見たりしているうちに、やっぱどう考えてもこっちのほうがまともだという、かつて抱いた確信がまざまざと甦ってきた。何よりも歳をとってからの顔がこんなにも違うのだから間違いはない。視察オヤジと揉み手男の顔はひどいもんだったよ。あんな顔になるくらいなら死んだほうがマシだ。ぜったいにイヤだ。でも、今の自分の顔がどちらに近いのか、客観的にはわからない。たぶん、その中間あたりなんだろう。この中途半端さがまたじつに情けない。

社会的地位にあぐらをかいてるヤツはむかつく。クリエイターとかなんとか言っていい気になってるヤツもむかつく。ふざけんな、このバカ!と言ってやりたくなる。

というこの短絡さ、この低級さが、僕をあの親方から遠ざけているのだろう。だって、親方は、そんなこと気にもかけずに、黙ってやるべきことをやっているだけなんだから。それくらいのことはわかっているつもりなんだけど。




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